国外マッサージ研修記

「深部組織マッサージ」を英国で学ぶ

英国に勉強に行きました。
主人と二人で、海岸沿いのちさな町で台所付きの部屋を借りました。

若い頃、ヨーロッパを主人と二人でヒッチハイクや野宿で回ったが、その時英国には渡らなかった。
ニューヨークから船で、フランスへ。その日のうちに汽車でパリに。

パリの最初の宿はセーヌ川沿いの公園のベンチ。
周りにも何人か野宿している人が居て、時に危険は感じなかった。(今はどうでしょうかね?)
何しろ初めてのパリなので、その日のことは今でも良く覚えている

好き好んで野宿したわけではない。単純にお金が無かった。
お金は無くても、「世界を見て回りたい」という好奇心の方が強かっただけの話。

その後ヨーロッパからアフリカへ。アフリカをローカルバスで旅し、アフリカからは小さな船でインドへ渡った。
40年近くも前なので、私は、とても若かった。
主人と二人、怖いもの知らず、世界の隅々にどんどん行きました。

さて英国の話。
セミナーのある町に着いて、最初にすることは、まずビールとワインの確保。勿論主人の為です。
(私も勿論少しは飲みますが)。
毎日の生活の中にお楽しみをスパイスのように少し、だけど必ず入れることはとても大事。
幸い小さなスパーマーケットがあるので、こで食材を、購入。

海辺の季節は夏だが、さすがイギリスうすら寒い。
何十年ぶりかの学生生活。

マッサージの話.
人間の体は、一番表面の皮膚に始まり、皮下組織や筋膜、各種の筋肉そして骨と、層になっている。普段、患者さんをマッサージしている時「もっと深くアプローチしたい」と思ったことはないだろうか?
深い部分をマッサージしようとすると、痛みが出てしまう。
これから伝える方法でアプローチすれば、「身体の最深部に無痛でマッサージ」が出来ます。
今流行りのインナーマッスル、コアへのマッサージも、勿論しっかり出来る。

「世界のマッサージ現地研修記 ロシアンマッサージ」

「世界のマッサージ現地研修記 ロシアンマッサージ」
(行ってきましたロシア。警察につかまり、スリに囲まれ、おかげで数キロ痩せました)。
広橋憲子 副院長、筑波技術大学非常勤講師

1 ロシアに行こうと思った。「迷った時は、まずやってみる」
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オリンピックで多数の金メダルを獲得した旧ソ連邦。その躍進を支えたソ連邦のマッサージ。それを学びたいと思いました。

日本のマッサージ師では、現地で正式に学んだ人が殆どいないマッサージと聞くと血が騒ぐ。しかもそれが「怪しげな民間療法的なものでなく、きちんと医学に裏づけされたもの」と書かれた文献を見ると,マッサージの教員としては「もう誰も、何も、私の行く手を止められません」。

旧ソ連邦のマッサージは「RUSSIAN MASSAGE」という名称で、国外のマッサージ雑誌では断片的に眼にはしていた。当時の私のロシアへのイメージと謂えば、ウオッカ、ツンドラ、フリーマントルのスパイ小説に出てくるKGB、コザックダンス、ボルシチと極めて貧弱。

ただし主人が以前に一度だけ行っている。彼が独身であった40年ほど前の話。やっと日本人が国外に自由に行けるようになった頃で、主人はリュックに寝袋を括りつけて、横浜から船に乗り、世界一周に出かけた。(当時は、新潟から船に乗ってナホトカに行き、そこからソ連を横断してフィンランドに入るのがヨーロッパに行くのに一番安いルートだったそうだ。)

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機関銃を持った国境警備兵に調べられたことや、モスクワでの闇ドル交換、ジーンズを売ってくれと言われたこと、百貨店に行ってもほとんど物が無かったことなど、あまり楽しそうな話ではなかった。」

マッサージの研究には、現地に行く前に、先ず専門文献を読むことが必要とされる。
やみくもに行っても、カスを掴むことがある。もしくは、カスかどうかの判断が難しくなる。(現地のマッサージ師にも、本物とカスがあります)。

国内ならすぐ分かるが、国外ではなかなかその判定が難しいことがある。まずは国内で「RUSSIAN MASSAGE」の書籍を探すが、無い。インターネットのアマゾンやメドパブなどで調べるが難儀する。 難儀した揚句「仕方がない、取り合えず行っちゃおう」が結論。

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「迷った時は、やってみる」。
「道が分からないときは、とりあえず荷物まとめて出かけてしまう」。

つまり「当たって砕けろ」なのです。
砕けたら、再度チャレンジすれば良いのです。
諦めなければ、願いは成就します。

人生に対しても、結婚に対しても、これは深淵な真理なのです。

続く

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